あとすこし片思いをしていたい

 エイメルからの告白に考えさせて欲しい、と返事をした後。意外にも、私とエイメルがワーカーズハイで食事を共にする機会はその後も穏やかに続いていた。

『人生において重要な選択ですから。ゆっくり考えて答えを聞かせてください』

 私の返事に諦めたわけでもなく、そう言ってくれたエイメルに対して多少の申し訳なさがあったことは否めない。その一方で、落ち着きを取り戻してくれた様子に安堵したのも事実だったが、いつかは伝えるべき答えを保留とする日々だけが過ぎてゆく。
 そうして、今夜も私が選んだメニューの到着を待っているところだったのだけれど――いつにも増してそわそわしているエイメルが気になった私は、直接聞いてみることにした。

「エイメル。何かあった?」
「! あ、ええっと……」
「もし、仕事が差し迫っているとかで時間がないようなら、テイクアウトに変更してもらえないかマスターに伝えてくるよ」

 種類によってはかなり食べ応えがあるものも多いこの店の料理について、どうしても最後まで食べきれなかった時は持ち帰り出来るように対応してくれる場合もある。そう思って立ち上がろうとするも、エイメルに呼び止められた方が早かった。

「いえ、そうではないんです! 実は、その……貴方に一つ、提案がありまして」
「提案?」
「ええ。もっとも、さん自身が嫌でなければ、という前提ではありますが」

 どうやら治安維持部隊の仕事に関しては問題ないらしい、と判断して座り直した私の目の前に、一枚の入場券が差し出される。この街の郊外にある植物園の名前が記されたそれを持つエイメルの手は、緊張しているためだろうか。よく見ると僅かながらに震えていた。

「宜しければ、次の休日にでもご一緒にいかがでしょうか」
「……、エイメルと私の二人で、ということで合っている?」
「はい」

 ほんのりと顔を赤く染めつつ、確かに首肯したエイメルに見つめられてこそばゆくなる。
 実直且つ感情豊かなエイメルは、きっと私が想像する以上に引く手数多な人材だ。だからこそ、選択肢を狭めて欲しくはないと思っている。

(それなのに。エイメルが私を尊重してくれていることが伝わってきて、とても嬉しい、とも思ってしまっている)

 仮に私が誘いを断ったとしても、エイメルの性格上、無理に迫る真似はしないだろう。
 けれども、好意を持った相手にこうした提案を持ちかけるのはおそらくエイメルにとって初めてのことで、今夜この店を訪れるまでにかなりの不安や葛藤が生じたはずだ。そんなエイメルの内心を想像した今、私の中ではもはや無下に断るという選択肢自体が消えてしまっていた。

「いいよ。他に用事もないし、エイメルの休みと重なる日があったらその日に行こう」
「っ、……ほ、本当に宜しいのですか?」

 自分から誘ってきたのに断られる可能性を思い浮かべていたのか、もう一度聞いてきたエイメルの手からさりげなく入場券を受け取る。互いの指先が触れ合った瞬間、エイメルの身体がぴくりと動いたが、私は敢えて指摘せずに普段使っている携帯端末を取り出した。

「当日、待ち合わせをする時のために連絡先の交換もしておこうか。あ、それとも仕事用の端末しか持っていないかな?」
「いえ。任務が終わってからこちらに寄りましたので、プライベートの端末も持っています」
「そっか。じゃあ、忘れない内に出かける日も決めておこう」
「……」
「……エイメル? 大丈夫?」

 ひたすら無言を貫くエイメルへ呼びかけると、はっとした様子で先程以上に赤くなった顔で謝罪される。
 そうこうしている内に注文していた料理が到着し、日程を決めて連絡先の交換も済ませた私たちは、今夜もワーカーズハイの片隅で終始和やかな時間を過ごすのだった。

    ◇◇

 彼女との待ち合わせ時間より早めに到着した私は、端末を開くと新しい連絡が届いていないか確認する。未だ姿は見えないが特に遅れる旨のメッセージも入っておらず、いったんこのまま待機していよう、と思いながら昨夜交わした文字上のやりとりに目を通した。
 画面には、さん本人もこの植物園を訪れるのが久し振りであることと、私に誘ってもらえて嬉しかったこと。それから、一緒に出かけるのを楽しみにしているという文章が一切変わらず表示されている。

(不思議ですね。貴方が私に伝えてくれた言葉だと思うと、どれも温かな心地がするのです)

 職場の仲間達から背を押される形で申し出た今回の提案に対し、彼女は嫌悪や拒絶を浮かべるどころか、むしろ快く応じてくれて。
 柄にもなく、胸が弾んだあまり昨夜はなかなか寝つけなかったのを思い出すと少し恥ずかしくなったが、それ以上に休日も二人で過ごせることが何よりも嬉しくて仕方なかった。

「エイメル、おはよう。待たせてしまってごめんなさい」
「おはようございます、さん。私も先程着いたばかりでしたから、どうかお気になさらず」

 画面を眺めて数分が経過した頃。小さな足音とともに待ち望んでいた声が聞こえたので、すぐさま懐に端末を仕舞う。いつもの仕事終わりではなく、完全に私服だと分かる装いで現れた彼女はじっと私を見上げると、目を細めて優しく笑ってくれた。

「今日はエイメルも私服なんだね。初めて見たけれど、よく似合っているよ」
「ありがとうございます。私も、貴方の服装について素敵だと思っています」
「ふふ、褒めてくれてありがとう。それじゃあ、ここで立ち話もなんだし早速向かおうか」

 にこやかに微笑んだ彼女の隣に並ぶと、本日の目的地でもある植物園に向かって歩き出す。流石に郊外まで来て何らかの事件に遭遇すると思いたくないが、それでもその可能性がゼロではないことも忘れてはいけない、と気を引き締めていると再び自分の名を呼ばれた。

「もしかして、心配してくれている?」
「……そう、ですね。すみません、せっかく貴方が応じてくださったというのに」
「ううん。エイメルの仕事のことを考えたら、想像しない方が難しいと思うし。怒ってはいないから安心して。ただ、万が一何かが起きた場合は私もなるべく協力するから、エイメルにも植物園を楽しんでもらえたら嬉しいな」

 出逢った日から変わらない、温和な声音に頷いた際。あと一歩踏み出せば彼女と手と繋ぐことも出来る距離であったと気付く。
 しかし、――考えさせて欲しいと言われた以上、私はこの距離を無理に縮めるような真似はするまいと決めた。

「とりあえず、雨や強風がなさそうな天気で良かったね。一応折り畳みの傘は持ってきたけれど」
「ええ。山の方ですと、平地と比べて天気が変わりやすいのである程度の備えも必要になりますが……そういった面に関して、今日は特に問題なさそうですね」
「そうなの? 私はあんまり山に登ったことがないから、初耳だったかも」
「頻繁ではありませんが、後輩たちとキャンプ場に出かけてそこで寝泊まりしたこともありますよ。訪れる季節によりますが、運が良ければ満天の星を眺められた日もありました」

 天気の話から始まり、かつて後輩たちと過ごした思い出も伝えると更に興味を持ったのか続きを促される。歩く毎に園内の植物や花々より香る、時に爽やかさをも感じさせる甘い空気に満たされながら、それは私の隣を歩く彼女ともどこか似ているような気がした。

    ◆

「エイメル。改めて、誘ってくれてありがとう」

 楽しいと思うほどに時間が過ぎていくのはあっという間で、二人で隈無く植物園を見て回り、合間に食事もとっているともう夕方に差しかかっていた。日が暮れる前に郊外から街の中心部へ戻り、彼女の自宅まで送っていくとそのように声をかけられる。

「こちらこそ。貴方と一日を過ごせて嬉しかったです」
「普段は仕事でくたくたになっている場合もあるから、ゆっくり植物を見て回ったのは本当に久し振りで癒されたよ。それから、……実は私も、エイメルに渡したいと思ったものがあって」

 これまでに彼女と個人的な貸し借りをした事実が一切なかったため首を傾げていると、苦笑を浮かべた本人に細長い何かを手渡される。それは今日立ち寄った植物園の一角に設けられたハンドメイドのコーナーで、数時間前に押し花を用いて作成されたばかりの可愛らしい栞だった。
 てっきり、自身の記念品として意欲的に取り組んでいるのだろうと思い微笑ましく見守っていたのに、それが自分宛てにつくられたものだったのだと理解した途端顔が熱くなる。一瞬、この光景が夢ではないだろうかと疑いそうにもなった。

「最初はね、エイメルが予想していたとおり私自身のおみやげにしようかと思っていたんだけど……つくっている内に、今回はエイメルへ渡した方が喜んでもらえる気がして。少なくとも、嫌がられてはいないみたいで良かった」
「っ、嫌がるなんて、そんな。楽しそうな貴方を間近で見ていたというのに、それだけはありえません」

 そもそも今日の誘いに応じてもらえたこと自体が幸いだったのに、渡された栞が風で飛ばされていかないよう、しっかりと指先で掴む。胸中で渦巻く歓喜と驚き。更には告白した日以来、ずっと色褪せずにいるさんへの慕情でいっぱいになったがために暫く何も言えずにいたが――こんな私を前にしても、彼女は優しく笑ってくれていて。

「うん。エイメルのそういう誠実なところ、私も尊敬しているよ」
「~っ、」
「いい加減、聞き飽きちゃったかもしれないけれど。本当にありがとう。エイメルが嫌じゃなかったら、また、あの店でも会ってくれる?」

 思わず溢れそうになったあらゆる感情を抑え込みながら、どうにか頷いた私は是非、と返答する。

(貴方の心遣いをこんなにも喜ばしい、と思っている私の場合。たとえ何度伝えられたとしても、聞き飽きる日はやって来ない気がしますが)

 初めて出かけた今日の終わりに、そこまで伝える勇気は持てず。自宅に入っていく彼女の後ろ姿を見届けた私は、今夜も変わらず浮かぶ月を見上げて人知れず溜め息をついた。

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