ヤマトに拗ねられるお話
「ヤマトさん」
「……」
「……ええと。お腹、空いてないですか?」
「空いてない」
そう言った瞬間、ぐぎゅるるる、と隠しようがないほどに腹の虫が鳴いてヤマトさんの顔が赤く染まる。決して怒っているわけではなさそうなのになかなか食事に手をつけてもらえず、さてどうしたものかと悩んでいると、眉間に皺を寄せたヤマトさんは泣きそうな顔をしていた。
「お父さんがずるい」
「え?」
「ぼくはコマさんに膝枕されたことがないのに、髪も褒められたってわざわざ自慢してきてさ。ぼくも、お父さんみたいな黒髪だったらよかったのかな……」
どうやらカイドウさんが酔っ払った拍子に耳かきした時のことをヤマトさんへ伝えたようで、耳かきどころか膝枕されたことがない件についても落ち込んでいたらしい。私個人としては、別に黒髪至上主義者でもないのでおとなげないカイドウさんの態度にちょっぴり呆れを覚えていたのだが、ひとまず今はお腹を空かせているヤマトさんの誤解を解くところから試みる。
「ヤマトさん。言ったことがありませんでしたが、私はヤマトさんの髪も好きですよ」
「えっ、……じゃあ、どうして?」
「雇い主のご家族に馴れ馴れしく接するのはだめだろうなと思って、そもそも提案したことすらなかったんですけれど。もし、ヤマトさん自身が嫌じゃなくて、そして私でもよかったら。今後はいつでも、私を呼んでくださって大丈夫です」
できる限り恥ずかしがらず、まっすぐヤマトさんを見つめながら口にした途端。満面の笑みを浮かべた目の前の人から強く抱きしめられる。カイドウさんとはまた違った色味の髪にさらりと頬を撫でられ、そのくすぐったさに身動ぎしたが、父親に負けず劣らず鍛えているヤマトさんの身体は全くびくともしていなかった。
「ありがとう。コマさんが、うちのお父さんにはもったいないぐらい優しい人でよかった」
「ふふ。まあ、私はカイドウさんに雇われたただの小間使いですがね。誤解も解けたところでご飯にしましょうか。そろそろお腹、空いてきたでしょう?」
「うん。本当は、むしろ待ち遠しいぐらいに空いていたんだ。さっきは嘘をついてごめんね」
しゅん、とやや項垂れたヤマトさんに思いきって手を伸ばし、頭を撫でた私は敢えて明るい口調で話しかける。
「ヤマトさんが正直に話してくださったから問題ありませんよ。それに、今日のご飯はなんと、ヤマトさんの好きなおでんです。お腹いっぱい食べて、是非元気を出してください!」
一瞬呆気にとられたヤマトさんは、すぐさま嬉しそうに微笑むと私を連れて台所に歩き出す。
スキップしそうなくらい軽やかな足取りにどうにかついていきながら、この時の私はよもや、この親子にますます振り回される日々が始まるなんて予想すらしていなかった。