カイドウに耳かきするお話

「小間使い。耳かきしてくれ」

 起きて早々、お風呂に入ってきたのかさっぱりした様子のカイドウさんから声をかけられて振り向く。あらかた自分で拭いてはいるものの、完全に乾ききっていない黒髪からぽたぽたと小さな水滴が垂れていくのを見つけた私は、一度溜め息をついてちょうど手元にあったバスタオルを引き寄せた。晴天の昼下がりとはいえ、真夏でもない今の時期では自然に乾かせるにも時間がかかることを思えば、リクエストされた耳かきを始める前にもうちょっと水分を拭き取っておいた方がいいと判断したためだ。

「カイドウさんの髪、今日も黒々としていますねえ」
「ウォロロロ。そいつは褒め言葉か?」
「ええ。生命力に溢れている感じがして、私は好きですよ」

 毛先に至るまで水分を拭き取り終えると、縁側に座った私の膝にカイドウさんが大きな頭を乗せてきて遠慮なく横たわる。ついでに彼が持ってきていた竹製の耳かきとティッシュの箱も受け取ると、耳の穴に向けてそっと耳かきを差し込んだ。
 都会の喧噪から遠く離れたこのお屋敷には、本日私とカイドウさんの二人しかいないせいなのかいつもよりずっと静かに感じる。耳かきを動かす音と、ゆったりとしたカイドウさんの呼吸のみが聞こえる平穏なひとときを過ごすのも珍しく、思わず私の口から笑い声が零れる。

「どうした。何か面白いものでもあったか?」
「いえ。普段だったら、身支度を終えたヤマトさんが色々と話しかけてくださる時間帯なので、きっと賑やかになっていたんだろうなあ、と思いまして」
「ヤマトか。確かに、あいつも今じゃ随分とお前を気に入っているようだったからな……」
「あっ、片耳の方はお掃除終わりましたよ。カイドウさん、反対側を向いてくれますか」
「……」
「カイドウさん?」

 なかなか返答が返ってこないことに内心焦っていると、庭に向けられていたカイドウさんの顔がなぜか勢いよく私のお腹にくっつけられる。それから逞しい両手でしっかり腰も掴まれて、驚きのあまり固まった私を見上げたカイドウさんは実に不敵な笑みを浮かべていた。

「ヤマトばかり構われるのはおれがつまらん。ちょうどいい、今夜はお前も晩酌に付き合え」
「……、びっくりしました。ようするに、晩酌用のおつまみが数品欲しいってことですね?」
「ウォロロロ! よく分かってるじゃねェか!」
「そうですね。先日仕舞われていた、美味しそうなたんかん酒をちょっと分けていただけたら、喜んで腕を振るわせていただきます」
「おう、あれだったら別にいいぞ。しかしお前も、昔と比べてまあまあちゃっかりしてきたな」

 冷蔵庫に残っていた具材を思い浮かべつつ、カイドウさん好みのおつまみをつくるためにも後で買い物に行こうと決めた私は気を取り直してもう片方の耳かきに着手する。先ほどのお返しとして、視界に広がるカイドウさんの黒髪をひっそり梳いてもみたが、カイドウさんは軽く鼻を鳴らしただけで運良く怒られはしなかった。午睡にうってつけだったとある日、私の雇い主でもあるカイドウさんが膝枕のまま熟睡するのは、もう少し先のことである。

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