キングにつまみ食いされるお話
午前五時過ぎ、空が白みはじめる頃。欠伸が出そうになるのを我慢して台所に立っていると、少し前に完成したばかりの親子いなりが早速二個攫われていた。カイドウさんとヤマトさんのどちらでもなく、けれどもその二人と縁があるその人は、私に構わず今なお黙々と食べていて。
「キングさん。おはようございます」
「ああ。おはよう、小間使い」
「今日も早いですね。やっぱり足音がしなかったので、いつ来られたのか分からなかったです」
「着いたのは五分ぐらい前だ。手を洗ってからあんたの背後に立っていたが、料理に集中している様子で相変わらず気付かれなかった」
二個目の親子いなりも難なく食べられてしまったので、観念した私は他のおかずとして用意しておいたちくわのチーズ巻きに大根と人参のきんぴらも乗せた小皿を手渡す。更にじゃがいもと玉葱が入った味噌汁もよそうと、すかさずキングさんはそちらも受け取った。
「そのいなり寿司、そぼろと油揚げの味が調和していて美味かった。三個目も食べたい」
「だめです。あんまり食べると、カイドウさんやヤマトさんにも怒られるんじゃないですかね」
「む、そこをなんとか。そういや昨日、取引先から季節限定の高級和菓子をもらってきたんだ。あいにくとおれは苦手なものばかりだったから、代わりに小間使いが食べてくれないか?」
時折CMも流れている、有名どころの菓子折りを見せられてうっかり心が揺らいでしまう。しかも普段カイドウさんのお屋敷から滅多に出ない私にはこの上なく魅力的に思えて、悩みに悩んだ末、キングさんの提案を受け入れた私はやむを得ず四個目の親子いなりも差し出した。
「ほう? 気前がいいな。怒られるんじゃないか、と言ったばかりだったはずだが」
「高級和菓子との交換なのに一個だけじゃ寂しいかな、と思いまして。日頃からよくお仕事を頑張っているキングさんへの、せめてものサービスです」
「……くくっ、そうか。ならばありがたく、あんたの心遣いを受け取るとしよう」
そう言って、米粒一つ残さず朝ご飯を食べきったキングさんを見送った私は眩い空を仰ぐと、キングさんを見習って自分も頑張ろうと思い直すのだった。
■小間使い(夢主)
三十代後半ぐらいの元OL。好きなお酒は黒糖焼酎。基本的にカイドウ宅から出てこない。
■カイドウ
昔立ち寄った居酒屋で、のんびり一人飲みしていた夢主を小間使いとしてスカウトした人。
夢主のおつまみ抜きの晩酌だと若干テンションが下がるらしい。
■ヤマト
一緒に美味しいものを食べる内、ちょっとずつ夢主に懐いた。唯一夢主をコマさんと呼ぶ。
■キング
カイドウの秘書。長期出張を除き、カイドウ宅で夢主の朝食を食べるのが彼の一日の始まり。
夢主のつくる料理=カイドウ親子も口にしているものなので、何が入っているのか分からない外食や貰いものよりはよほど信頼できると思っている。