9月15日

さん、本当に一人だけお留守番で大丈夫?」
「うん。ちょうどゆっくり過ごしたかったところだから、気にしないで。枕投げ、行ってらっしゃい」

 修学旅行のある意味醍醐味。男子の大部屋で開催中の枕投げに行きたがった同室の女の子たちを見送った私は、静かになった部屋でのんびりとお茶を啜る。
 同学年に男の子の友達がいたらまた違ったのかもしれないけれど、正直よく知らない男子ばかりの空間にわざわざ足を踏み入れる気にもなれず、今回は大人しく留守番することにした。就寝には少し早い時間帯、今は遠く離れている一紀くんもまだ起きているだろうか。

『一紀くんこんばんは。
突然だけど、皆枕投げに行っちゃって暇になったから、ちょっと電話してもいい?』

 たとえ起きていても勉強中だったり、もしくはお風呂に入ったりしている可能性などもあったので、しばらく反応がなければテレビでも見て過ごそうかな、と考えていた折に電話がかかってきた。表示された電話番号はもちろん、彼の電話番号だ。

「もしもし。一紀くん?」
『こんばんは。君は枕投げ、行かなかったんだね』
「うん。知らない男子ばかりの部屋に行くの、あんまり気が乗らなかったし。そっちに行くよりかは、一紀くんの声が聞けたらいいなと思ったから」
『! ……そ、そっか』
「こっちに電話をかけさせちゃってごめんなさい。今、時間大丈夫?」
『うん。よっぽどの長電話にさえならなければ、とりあえずは平気』
「ふふ。よかった」

 受話器越しに聞こえてくる、いつもと変わらない一紀くんの声になんとなくほっとする。

「はばたき市に帰ってくるまで、あと二日か。一紀くん、元気にしてる?」
『そんな急には変わらないよ。ま、君の学年がごっそりと抜けた分、普段に比べれば校舎が静かな気はするけどね』
「そうなの? それはそれで、学校の様子が気になってくるなあ」
『……、……ほんとは、さ』
「ん?」
先輩のピアノが聞こえてこないから、僕にとっては違和感、ある。こっちに帰ってきた後でいいからさ。また君のピアノ、聞かせてよ』
「……そんな風に言ってもらえて、嬉しいなあ。もちろんいいよ。なら、二人ともアルバイトがない曜日に弾くね?」
『うん。そうして』
「今日、ちょっとでも一紀くんとお話しできてよかった。電話してくれてありがとう」
『どういたしまして。あと二日とはいえ、君も引き続き、体調管理に気をつけて』
「はい。じゃあ、長電話にならない内にそろそろこの辺りで。一紀くん、おやすみなさい」
『ん、……先輩も、おやすみなさい』

 十分もかからない内に終わった彼との電話の後、もう一度お茶を啜って喉を潤す。
 いつの間にか自分の頬を熱く感じるのは、単に私の気のせいなのか。それとも――。

「……流石に、まだそっちには届いていなかったみたいだね」

 今夜は敢えて何も言わなかったけれど。一紀くんの元へ、無事に届きますように。

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