7月31日

 夏休みが始まってから、あっという間に今日で七月も終わり。
 昼間は海水浴目的の人々でごった返す海も、夕方の時間帯が近付くにつれてだんだんといつもの静けさを取り戻していく。

(連絡、今日も来なかったな……)

 サーフィンの休憩を兼ねて一旦海から上がり、浜辺に座ってスマホをチェックしてみたものの、特に先輩からの電話履歴はないことを確認して溜め息をつく。
 立て続けに誘いすぎるのもどうかと思い、およそ二週間前に彼女の浴衣を一緒に買いに行った日から敢えて電話を控えていたのだけれど、やっぱり先週の内に今日が空いているかどうかだけでも聞いておけばよかったと今更ながら後悔した。

「夏バテ、あれから本当に良くなったのかな。また暑い日が続いていたし、体調、崩してないといいけど」

 去年の自分のままだったら、きっとこんな風に誰かの、それも女子の心配をすることなんて滅多になかっただろう。
 あの春の日の出会いを通じて知ることとなったピアノの音や、惜しみなく向けられる柔らかい笑顔。電車で僕にもたれかかって居眠りしていた時の無防備な寝顔に、林檎にも負けないくらい、照れた時の真っ赤になって恥ずかしそうにしていた彼女の表情などを思い出す度。
 胸の奥が甘く痺れる心地がして、どうにもそわそわしてしまう。

 もはやただの後輩でも、ましてや、ただの友達でもなく。

 それ以上に、自分が先輩にとって特別な存在になれたなら――と願っている時点で、僕は先輩のことが好きなのだと痛感していた。本音を言えば、この恋情をすぐさま彼女へぶちまけてしまいたいくらい。しかし、何事においても焦りは禁物だ。

「来週の花火大会が終わった後……せめてもう一度くらい、来月はデートに行く機会が欲しいところだな」

 これまで僕が手を繋いだり、わがままと称して頬に触れたりしてみても決して拒まれなかったが、覚えている限り彼女から明確なスキンシップを取られたことはない。
 勢い任せの告白はナンセンスだし、この想いを伝えるにしてももう少し二人きりで出かける機会を増やしてから……などと、慎重に考えていたところで着信音が鳴った。画面に表示されたのは今まさに思い浮かべていた彼女の名前で、僕はそのまま電話に出る。

「もしもし。先輩?」
『あ、一紀くん。こんにちは。突然電話してきてごめんなさい』

 久し振りに聞いた先輩の声はいつもと変わりなく、そのことが分かっただけでもほっとする。とはいえ、彼女は僕がここで安堵していることを知る由もないだろうけれど。

「いいよ。ちょうど、サーフィンで海に来ていたところだったし。何かあった?」
『実は、今日アルバイト先の店長から試作品のジャムとパンをもらったんだけど、一紀くんにもお裾分けしたいなと思って連絡してみたの。まだ、しばらく海にいる?』
「うん。ところで君、体調は大丈夫なの」
『夏バテならちゃんと回復したよ。それに、来週は一紀くんとの花火大会が控えているし、無理しないように気をつけていたから平気』
「っ、……あ、そ。なら、いいけど」
『心配してくれてありがとう。じゃあ、今からそっちに向かうね。三十分もかからないとは思うから、また後で』

 着いたら教えて、と伝える前に彼女の方から電話を切られてしまう。
 おそらく急いでくれてのことだろうが、途端に声が聞こえなくなった寂しさを振り払うかのようにサーフボードを持った僕は、一人凪いだ海へと向かった。つくづく、恋とはままならないものなのだと思い知る。

(いっそ君も、早く僕に溺れてくれたらいいのに)

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