たったひとつの幸いがあるために

「お嬢さん、こんなところでどうしたんだい? 連れがいないなら、ちょっと刺激的で楽しい遊びがあるんだけど。君の時間さえ貰えたら、この後、俺と一緒にどう?」

 体調が戻ってから初めてエイメルと待ち合わせをしていると、突然全く知らない誰かに親しげな口調で声をかけられた。わざわざ人通りの少ない公園を選んで待っていたのに、完全に水を差されたことで自分でもどんどん不機嫌になっていくのが分かる。

(エイメル、早く来ないかな……)

 おそらく詐欺師だろうと判断して早々に無視を決め込むも、そこで潔く諦めずしつこく話しかけてくる相手に実力行使も検討しはじめた頃。私の置かれている状況に気付き、すぐさま険しい表情で走り寄ってきた待ち人の姿を前にして、私は自然と笑顔を浮かべた。

「治安維持部隊の者です。こちらの方は、私の個人的な知り合いですが。何か御用ですか?」
「は、……い、いや。一人で突っ立っていて暇そうだったから、話しかけてみただけで」
「そうですか。最近、この辺で甘い言葉をかけては無理矢理賭け事に参加させたり、付き合うよう恐喝してきたりする不審者が出没したとの通報がありましてね。我々の部隊も日々、巡回を強化しておりますので。変な気を起こさない方が身のためだとお伝えしておきます」
「すっ、すみませんでした! もう二度としませんので、なにとぞ許してください~!」

 淡々と、しかしながら若干の威圧も込めて語られたエイメルの言葉で恐れをなしたらしいその人物は、近所にも響き渡りそうな大声を上げると呆気なく消え去っていた。
 おかげで元の静寂を取り戻した公園には私たちぐらいしか見当たらず、愉快な気分で小さく笑っていれば、先程とは打って変わって心配そうに見つめられる。そんな、これまでと変わらないエイメルの佇まいにまた心がぽかぽかと温かくなった心地がした。

さん、待ち合わせに遅れて申し訳ありません。大丈夫でしたか?」
「うん。エイメルが駆けつけてくれたし、何も問題ないよ。それにしても、あんなに後悔するなら詐欺なんてしなきゃいいのに。だいぶ不思議な人だったね」
「……」
「エイメル、どうかした?」
「その、……先程の方が、声をかけたくなったのも少し分かってしまった気がして。今日の貴方は、すごく雰囲気が柔らかくて。可愛らしい印象もあったものですから」

 ――私も、つい貴方に見惚れてしまいました。

 惜しみなく思ったことを言ってくれるエイメルに、どこかこそばゆくもやっぱり嬉しくなった私は後ろ手で隠していたものをエイメルの前へと差し出す。
 かつて、あの店でエイメルと相席をした三日目の夜。
 当時エイメルより私宛てに贈られたのと同じく、私なりの感謝を込めて用意したそれを目にしたエイメルは、ひどく動揺して。その姿もまた、今の私にとってどうしようもなく愛おしかった。

「~っ、さん。こちらの花束は、一体、どうしたんですか……?」

 大きな期待と、僅かな不安が入り交じったために上擦った声も好ましく、ますます聞いていたくなる。これからはもっと近くで聞けたらいいな、と願っているが果たして許してもらえるだろうか。何にせよ、今度は私がエイメルに伝える番であるのは確かだ。

「エイメル。あの店で、エイメルの告白に私が考えさせて欲しい、って言った日のこと。覚えている?」
「……! はい。もちろん、覚えています」
「色々と、難しく考え過ぎて結果的に遠回りしてしまったかもしれないけれど。白状する。私よりずっと、エイメルにお似合いの人がいるとしてももう遠慮したくない。それくらい、エイメルが大好きになっちゃったんだ」

 ほんの瞬きみたいなごく短い時間でしかなかったとしても。
 その間に、エイメルとの楽しい思い出を可能な限りたくさん増やしていけたなら、未来の私も多少救われているはずだ。
 ……だって、ほら。私の言葉でこんなに喜んだエイメルが、全身で私への好意も示してくれているのだから。

「ほ、本当、ですか」
「うん。心配しなくても、夢じゃないよ。この花束は、私がエイメルだけに宛てた贈りもの。今までの感謝と、……今日、答えを告げるまでにたくさん待たせてしまったけれど。この先も、エイメルと一緒に末永く、仲良く過ごしていきたいという願いも込めて」

 どうか受け取ってくれますか、と尋ねる前に、花束ごとぎゅっと強く抱きしめられる。

「……っ、」
「エイメル」

 誰かに見られちゃうかも、とか、それこそエイメルの部隊の人たちが目撃したら皆間違いなく大騒ぎするんだろうな、とか。
 思い浮かんだそれらも一瞬で飛んでいったくらい、ただ力強くて温かな抱擁に大人しく身を委ねた。

「す、すみません。あの、」
「うん」
「貴方が、……私に、あの日の答えを聞かせてくれたのが。とても、う、嬉しくて」
「うん」
「しかも、花束まで贈ってもらえて。大好きに、なったとも言ってもらえて。ぜんぶ、ほんとに、本当に嬉しくて……」
「……エイメル。泣いてるの?」
「泣いては、ない、です。かろうじて」
「そっか、……ふふふ。じゃあ、ひとまずはそういうことにしておこう」

 いつの間にか、肩口が湿っていたのも含めて気のせいにした私はいつになく上機嫌で目を閉じる。
 エイメルが落ち着いて、この花束を改めて受け取ってくれたなら――今度は私が、エイメルをたくさん抱きしめて暫く離さずにいよう、とこっそり決意した。

「……さん」
「ん?」
「何か、企んでいませんか?」
「うーん……当たらずとも、遠からず?」
「……、ハハハ! 貴方には敵いませんね。でも、」

 ――そんな貴方だからこそ。私も、今に至るまで愛おしいのでしょうね。

 低く、甘やかな声で囁かれて照れた私がどうにか自分の顔を隠そうとするのを、エイメルはいつまでもにこにこと見守ってくれていた。

当初、もう少し色々と事件も起こる予定でしたがひとまず今回のお話で完結となります。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました!

(2026年1月28日)
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