7月17日

「……君が、僕の知っている先輩たちと同じクラスでなくてよかった」

 他の季節に比べれば多少日が沈む時間が遅くとも、どうしたって必ず夜はやってくる。
 家まで送っていく前に、ホタルの住処にも寄ろうかと考えたが今日は遠出だった上、先ほど明日も彼女の浴衣を買いに行くという無茶な約束をさせてしまったばかりだったから。
 どんなに名残惜しくとも、せめて普段よりゆっくりとしたペースを心がけて帰り道を歩くので精一杯だった。

「それって、小波さんや風真くんのこと?」
「そう。もしかして、君もあの人たちと知り合い?」
「ううん。直接話したことすらないけれど、小波さんの周りってよく人が集まっているから。今日も元気だなあ、って思いながら教室から眺めていただけ」

 何の含みもない、素直な感想がすぐに返ってきてほっとする。
 隣を歩いている彼女が、僕の知る先輩たちの誰とも同じクラスではないことは僕も少し前から知っていたが、どんなきっかけを経て誰と仲良くなるかなんてそれこそ予想がつかない。今は関わりがなくとも、来年は進級を機に誰かとクラスが一緒になり、そこから僕の知らない内に仲が深まっていく可能性だって充分ありうるのだ。

「私はクラスで気が合う女の子たちとゆっくりしている方が落ち着くし、それに、」

 ――一紀くんと、こうやって二人で過ごす時間も得難いものだと思っているよ。

 隣にいなければきっと聞き取れなかったと思われる小声で、ぽつりと呟かれた言葉がやたらと僕の心を浮き立たせる。ああ、やっぱり。僕以外の男が彼女の隣にいる未来なんて、到底許容できそうもない。
 修学旅行だけはどう足掻いたって無理だけど、約束してもらえた来月の花火大会と、秋になったら文化祭。それに、冬のクリスマスだって。この先待ち受けている色々なイベントを、なるべく彼女と過ごしたいという欲求が最近更に強まってきていた。
 未だ顔の赤みが引かない彼女に期待して、そっとその手に触れてみる。僕が聞いたことがない曲をいつも軽やかに奏でている指先は、予想していたよりもずっと柔らかく、一瞬ぴくりと動いたが拒絶されはしなかった。そのことがまた嬉しくて顔が緩む。せっかく勇気を出して触れることができた温もりが離れてしまわないよう、僕らはそのまま手を繋いだ。

「あ、あの、」
「……僕も、先輩と過ごしているととても落ち着くし、楽しい。どうしても嫌でさえなければ。君の家に着くまで、このままでいさせて」

 慌てていた彼女に向かってお願いすると、やや間は空いたが確かに頷いてくれたのを確認してからわざと歩く速度をもう少し落とす。
 突然僕と手を繋ぐこととなり、どうやら恥じらっているらしい彼女のぎこちない表情も、むしろ愛おしくてたまらない。

(あの日、あの時。彼女が弾いていたピアノを無視しなくて、本当によかった)

 彼女の人柄が滲んだ優しい音色は、いつからか、僕の心さえ溶かしてくれていた。

close