苛烈で指さきを焦がすひと

「今年に続き、来年も各地での興行が控えてはいるが、ひとまず皆ご苦労だった。今宵は待ちに待った宴だ! 美味い食事に会話、それから用意したゲームも含めて思い思いに楽しんでくれ」

 乾杯の音頭とともに、今回集った団員たちが続々とはしゃぎ声を上げる。
 ホテルの豪華な一室を貸し切って催されているのは、スクリックのサーカス団による忘年会で、ここにはサーカス団の見知った団員たちしかいない。
 万が一、団員以外の部外者がどうにかして情報を掴んだとしても例外なくお断り――つまりは会場から完全に閉め出されているそうだが、私は最終的にスクリックの手をとった者として快く参加を認められていた。

「衣装班のやつらが全員胸を張ってて謎だったけど、実物を見てようやく納得したッス!」
「ええ、本当によくお似合いで。素材と色と、あとはモチーフの一部もお揃いになっているのですね。道理で、これまで以上に今年は団長が張りきっている理由が分かりました」

 日頃スクリックの傍についている二人からそのように声をかけられて、なんとなく顔が熱くなる。
 当初、彼らの忘年会ということで自ら服や靴を準備しようとしていたにもかかわらず、どこで知られたのかあっという間に先回りされた結果、一歩も外に出ず全身の装いが完璧に整えられていた。
 衣装班の誰もが気合の入っている姿を間近で見せられたのでとても驚いたが、そのおかげでスクリックが楽しい気分になってくれたのなら、私にとっても決して悪い選択ではなかったと思うことにする。

「今年も残すところあと僅かだが、早速、我が団員たちと交流してもらえているようで何よりだ」

 お馴染みの杖と靴の音を軽やかに鳴らしつつ、無事乾杯の音頭を終えて壇上から降りてきたスクリックがまっすぐに私を見つめて語りかける。
 お揃いの衣装を難なく着こなし、やっぱり上機嫌らしいスクリックの肩にはいつもと変わらず六代目が止まっていたが、一瞬だけ溜め息をついたように見えたのは私の気のせいだったのだろうか。

「スクリック。楽しい会に招いてくれてありがとう」
「ハッハッハッ! オレにとってのアンタは、今年出逢った者たちの中でも特に欠かせない重要な主役だからな」
「美味しい食事と会話、それからゲームもあるなんて、ここはなんとも贅沢な空間だね。スクリックが嫌じゃなかったら、……エスコートも、して欲しいな」

 内心、どきどきしながら言ってみたところスクリックは即答せず、なぜだか数秒時が止まってしまったように錯覚する。初めて参加した忘年会で流石に図々しかっただろうかと反省していると、思いきり六代目に突かれたスクリックが帽子の鍔に片手を添えた。

「いやはや、……参ったな。そんな風に可愛く誘われるとは思っていなくて、オレとしたことがつい、アンタに見惚れてしまったよ」
「おっ。あの団長を本気で照れさせるなんて、なかなかやるッスね!」
「こらこら。いいところなのだから、我々が邪魔してはいけませんよ」

 周囲の団員たちから温かく見守られているのを感じて尚更鼓動が高鳴るも、やがて、スクリックから大きな手を差し出される。

「アンタに誘われて、オレが嫌なわけがないだろう? 今宵だけに限らず、アンタには来年も、その先も。どうかオレの隣で、心置きなく笑って過ごして欲しい」
「ふふ。分かってはいたけれど、相変わらず熱烈だね」
「ああ、何度だって言ってやるとも。アンタがやっと、オレの傍に居ることを選んでくれたあの日から。疾うにオレの心は決まっている」

 ――ささ、お手をどうぞ。

 蒼く揺らめく炎に手を添えれば、そっと優しく包み込まれる。
 私とスクリックにとって楽しくも温かな時間は、未だ始まったばかりだった。

    ◇◇

「この店でアンタと初めて相席したのが、だいぶ昔のように感じるな」

 本日貸し切りの張り紙が出されたワーカーズハイの入口に佇み、すぐ隣で嬉しそうにその張り紙を見上げていた彼女へ視線を向ける。本人は遠慮していたが、先日開催されたサーカス団での忘年会に引き続き、オレ好みの綺羅びやかな服装に身を包む彼女は出逢った頃よりもっと魅力的になっていた。
 我がサーカス団の衣装制作班により、全身の装い自体洗練されているのも確かだが、なんと言ってもこうして間近で見つめられるようになった瞳の輝きが格段に増している。
 昨夜赴いた夢の中でも、勿論その美しさを心から絶賛したのだが――途中から大層拗ねられてしまったため、既に口説きたい気持ちを我慢しつつまずは片腕を差し出した。

「そこまで時間は経っていない認識だったけれど、でも、そうだね。懐かしく思えるのは私も同意するよ」
「せっかくオレとアンタの貸し切りを許可してもらえたんだ。マスターもアンタとの再会を待ちわびているだろうし、そろそろ店に向かうとしようか」

 一度頷き、オレの片腕にそっと自らの腕を絡めてきた彼女と扉を開けて踏み入れる。
 平時と比べて静けさに満ちた店内を進んでいくと、カウンターの片隅でグラスを磨いていたらしいマスターに出迎えられた。

「おう、お前さんたち! 久しぶりだな」
「明けましておめでとう、マスター。今年もよろしくね」
「明けましておめでとう。オレもマスターの顔を見られて喜ばしい限りだ」
「……、はあ。色々と言いたいこともあるが、明けましておめでとう。外は寒かっただろう? いつものボックス席でも構わんが、今日の客は知ってのとおりお前さんたちだけだからな。ま、好きな席に座ってくれ」

 軽く溜め息をついたマスターに手招きされた途端、満面の笑みを浮かべた彼女と今回は並んでカウンターの席に座る。
 いそいそと上着を脱ぎはじめて早々、慣れた手つきでメニューが捲られていく姿を前にほんの少しだけ妬きそうになったが、本日もオレの肩に鎮座していた六代目から容赦なく突かれて思わず大きな笑い声が漏れた。

「ハッハッハッ! 年明けから絶好調だな!」
「うーん、……もしかして、六代目も今日は一緒に何か食べたい気分なのかな? スクリックはどう思う?」

 こちらの内心には気付かず、オレにもよく見えるようにメニューを広げてくれた彼女から純粋に問いかけられる。
 現実でもなるべく長くオレと過ごせるよう、秘術に関する研鑽と鍛錬を未だ継続中だという滅多にいないお人好しに至近距離で見つめられて、ささやかな欲望がまた懲りずに湧き上がってくるのが分かった。

(……マスターへの挨拶を無事終えて、二人きりになった時にこの贈り物について話せたら。アンタは、オレの手から喜んで受け取ってくれるだろうか?)

 これから末永く続く未来においても、サーカス団の愉快な仲間たちに囲まれて。
 時折美味い食事も堪能しながら、このオレの隣で幾度でも楽しいと思える瞬間を過ごして欲しい。
 そんな願いを込めて選んだ贈り物がうっかり滑り出さないよう、さりげなく胸元を整えたオレは若干呆れを滲ませたマスターの視線も気にせず、暫し彼女との会話に興じるのだった。

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