こころというもの、言葉というもの

 自身にとって譲れない、一番大事な何か。
 それを見つけるために、私の種族は大人になると皆故郷を離れて旅立つのが風習となっているが、この広大な世界においてめぐりあえるのは非常に稀なことで、大半は生涯をかけて探し続けるものなのだと幼い頃より聞かされながら育った。
 やがて、一人で歩んできた永い旅路の中でたくさんの美しいものを見てきたけれど――あの日、初めて訪れたワーカーズハイで相席したあなたと出逢った瞬間から。きっと私は、あなたという存在そのものに強く惹かれていたのだと思う。

「ジェーウェ。今日も一日、お疲れさま。手伝ってくれてありがとう」

 日中のほとんどを過ごす診療所から、一緒に暮らしている家に帰ってきた後。睡眠をとる際の緩い恰好に着替えたあなたが私を労う。常日頃あらゆる患者の診療にあたり、多くの人々を助けているあなたこそ本当にお疲れさま、と伝えたいものの。未だこの土地の言語に不慣れな私には、どうしても辿々しい口調となってしまうのが少しだけもどかしい。

「センセー、……エト、モ、オ疲レサマ!」
「ふふ、ありがとう。明日は待ちに待ったお休みだから、ちょっとだけ夜更かしでもしてみる?」
「! 一緒ニ夜更カシ、楽シソウ。ワクワク」
「とはいえ、途中で寝ちゃってもいいように場所はベッドの上が無難かな……よし、ジェーウェもこちらにおいで」

 ふかふかの布団に寝そべったあなたが、そう言って両手を広げる。そんな些細な仕草さえも嬉しくなった私が、そのまま懐へと飛び込むと、あなたは笑いながらもしっかり私を抱きとめてくれて。一度照明が落とされるも、代わりに枕元の小さなテーブルランプによって照らされたあなたの眼差しが、今夜も穏やかな光を宿していることに心から安堵する。

「ウフフ! ジェーウェ、ノ瞳、好キ。落チ着ク、綺麗」
「……熱烈だね。自分では、特に珍しい色合いでもないと思っていたけれど。ジェーウェが気に入ってくれたのならよかった」

 照れくさそうな表情を浮かべながら、顔を背けずまっすぐに私を見てくれるあなたの手が優しく私の身体に触れる。そうして何度か撫でてもらえてますます私が喜んだ後、ポケットからベルベットの箱を取り出したあなたは私の目の前でそれを開けた。
 箱の中では、かつて私があなたへ贈った結晶が今なお変わらず煌めいていて。あなたの楽しげに細められた瞳にきらりと反射する。この愛おしい光景を目の当たりにする度、私が一番大事なあなたと出逢えた幸いを噛みしめているのを、あなたはこの瞬間においても想像すらしていないのだろう。
 しかし、私自身はそうであっても良いと思っている。この世界で誰よりも、あなたがかけがえのない存在であるということは、もはや私にとって揺るぎない事実なのだから。

、イツモ結晶ト一緒。大事ニシテモラエテ、ジェーウェ、嬉シイ!」
「こちらこそ、素敵な贈りものをありがとう。仕事中はゆっくり眺める余裕すらないけれど、せめて肌身離さず持っておきたかったんだ。この結晶には、ジェーウェの真心もたくさん込められているから」
「マゴコロ?」
「うん。結晶を贈る相手に喜んで欲しい、というジェーウェのひたむきな気持ちが伝わってきて……あの夜、実はきみの純粋さにうっかり泣きそうになっていたのも。今振り返ると、なかなかいい思い出だったなあ」
「……! 、オ願イ! 泣カナイデ~!」

 悲しそうな声音ではなかったけれど、初めて聞かされた話に焦った私は咄嗟にあなたの頭を撫でる。私がもっとこの土地の言語に慣れていれば、どれだけあなたを想っているかも上手く伝えられたのだろうが、この時はとにかくあなたを慰めたい気持ちの方が勝ってしまって。ひたすら撫で続けていると、不意にあなたの柔らかな笑い声が響いてそこで漸く私の手が止まった。

「ジェーウェ。大丈夫だよ。私が泣きそうになったのは、決して悪い意味ではなくて、きみが一生懸命に気持ちを伝えてくれたのが嬉しかったからなんだ」
「……ホント?」
「本当。ジェーウェがこれまで旅してきた日々を思うと、楽しいことばかりじゃなくて、大変だった時もあっただろうけれど……それでも、旅の末に私を見つけてくれて。ずっと一緒がいい、と言ってもらえてとても幸せになったんだ。改めて、傍にいてくれてありがとう」

 ――ジェーウェ。優しくてあったかい、そんなきみが大好きだよ。これからもどうか、よろしくね。

 煌めく結晶にも負けないくらい、ひときわ眩しい笑顔を浮かべたあなたによって伝えられた言葉の数々が、どうしようもなく私の心を震わせる。

「~! ! ジェーウェモ、ズット、好キ!」
「ふふふ。嬉しいな。私たち、両思いだね」
「ウン。一番大事、ズ~ット、一緒! ジェーウェ、トッテモ、幸セ者」

 今はまだ、辿々しい口調である私に対しても温かな眼差しを向けてくれるあなたと更に寄り添って、どちらからともなく笑い合う。
 ああ、私はなんて幸せ者なのだろう。一番大事なあなたと、こんなにも平穏な時間をともに過ごせることへの感謝が尽きない。

「そうだ。せっかくの機会だから、今回はジェーウェの故郷や旅先のお話をじっくり聞いてみたいな。ジェーウェ、教えてくれる?」
「任セテ! ジェーウェ、オ土産話、タクサン。勿論、質問モ大歓迎!」

 きらきらと、夜空を照らす星々の如く美しい瞳を見上げながら、私は今夜も自らの言葉を紡いであなたと思いを通わせる。

(……いつの日か、私の故郷へ招待出来たなら。仕事で多忙になりがちなあなたも、喜んでくれるだろうか?)

 そんなことを夢見ながら、どこまでも穏やかで楽しい時間ばかりが過ぎていくのだった。

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