Tom Ford Lip Color - #60 Drake
「おれの勘違いだったら非常に申し訳ないんだが、……今日のきみは、いつもと少し、雰囲気が違うような気がする」
眉間に皺を寄せるほどではないけれど、私の顔を見つめる度に何やら悩んでいた表情を浮かべていたドレークが恐る恐る口にしてくれたその一言に、言われた私自身はといえばむしろ上機嫌になっていた。
「ドレーク、いつもの私と違うって気付いてくれたんだね。嬉しいな」
「……ん?」
「実は今日、新しく買ってきたリップをつけてみたの。DRAKEって名前なんだけどね」
「!」
「大人っぽい色味で、最初はどうかなあ? とも思ったんだけど、せっかくドレークと同じ名前のリップだったから手元に置いておきたくなって買っちゃった。ふふっ、今日のデートでつけてきてよかったなあ」
「……、……」
「……ドレーク? どうかした?」
それまでは何事もなく二人で仲良く歩いていたのに、一度溜め息をついたかと思えば、私の手を取ったドレークが突如人通りの少ない路地裏の方へ入っていく。何か彼の気に障ることを言ってしまったのかしら、と理由が分かっていない私はおろおろしながらドレークについていくので精一杯だったが、やがて人の声も聞こえないほど奥まった場所に辿り着いてようやくドレークの足が止まった。
「すまない。急に歩いて、驚かせたと思う」
「ああ、うん。えっと、ここに用事とかあった?」
「用事……というか、まあ、そうだな。強いて言えば」
「強いて言えば?」
「おれも、つけてみたくなった」
「……、あっ、口紅のこと? いいよ、貸してあげる」
一瞬何の話か分からず反応が遅れたものの、持ってきていた鞄から早速彼と同じ名前の口紅を取り出す。今まで化粧品に興味がありそうな素振りを特に見た記憶もなかったため、ドレークがこんなことを言ってくるのは珍しいなとも思ったけれど、確かに私も彼以外の視線がある街中で口紅をつけるのはあまり落ち着かないだろう。
そこまで考えていたにもかかわらず、当の本人はなぜか口紅を受け取らない代わり、壁際に私を追いつめると何やら楽しそうな笑みを浮かべはじめた。例えるならばそれは、ご馳走がすぐ目の前にある時の捕食者に近しい――決して、優しくはなさそうな熱情を宿した微笑みで。
「おれの言い方が悪かったとはいえ、すぐに貸そうとしてくれる辺りきみは優しいな」
「えーっと、……ありがとう、ございます?」
敢えて惚けた風に首を傾げてみせると、ふふ、と軽く笑い声を上げたドレークが更に私との距離を詰めてくる。ついでに頬を撫でられた後、熱い吐息とともにゆっくり彼の顔が近付いてきたことからどうやら諦めてもらえなかったらしい、と早々に悟った私は、大人しく目を閉じるだけに留めた。
「もし、今持っているこの口紅がなくなったら。その時は、おれが改めてきみに贈るから、」
――今はただ、可愛いきみをたくさん堪能させてくれ。
余裕のなさそうな声でそう囁かれた直後。口紅がうつるほど深くて甘いドレークからのキスに何度も翻弄されることになる私は、やっぱり彼には敵わないことを身をもって思い知らされるのだった。
顎クイには至りませんでしたが、書いていてとても楽しかったです。
>TFのDRAKEつけて「今日DRAKEってリップつけてるの」って言ったら🦖がふって笑って「おれもつけてみたいな」からの顎クイ💋