恋と戦争においてはあらゆる戦術が許される
「あの歌が聞こえてきた時。真っ先に思い浮かんだのは、かつておれの手を取ってくれたきみのことだった」
そう言って、初対面であったはずの彼は大きな手で私の手を優しく包み込む。
こちらを真っ直ぐ見つめている眼差しには熱が籠り、どうしてか安易に目を逸らしてはいけないと思わされるのだから不思議なものだ。
「もし、おれ以外にもこの世界できみを知っている者がいたら、話だけでもできたらと思っていたんだ。しかしまさか、訪れたこの船で本人と会えるなんて……本当に思ってもみない幸運だった」
――。きみは、こんなにも小さい女性だったんだな。
壊れものを扱うかのように、私の手に触れて泣きそうな顔をしている彼もどうやら海賊らしいけれど、昔過ごした日々が印象に残っているためか懐かしさばかりが胸を満たす。幼かった頃の彼に渡しておいたお守りを見せてもらえなければ気付けなかったとはいえ、こうしてもう一度言葉を交わせたことは私自身にとっても嬉しい出来事だった。
「ふふ。別に、私自身はそんなに小さいわけでもないと思うけれど。今まで会えていなかった分、ドリィが逞しく成長したのもあってそんな風に感じるんじゃない?」
「成長、か。会えなかった今までの月日を、きみはそう言ってくれるのか」
「うん。それにしてもびっくりしたよ。てっきり、またウタのファンの人かなあと思っていたから……あっ、今更だけどドリィじゃなくてドレークさん、って呼んだ方がよかった?」
「いい。昔のおれがきみにそう名乗ったんだ。それに、変わってしまう方が落ち着かない」
「そう? ドリィがいいなら、いいんだけど」
とりとめのない会話を続けながら、そろそろ私たちの様子を窺っている周囲の人々から突っ込まれる頃だろうか、と思いはじめたタイミングで突然ドリィが跪く。長身の彼は足が長いこともあり、ものすごく様になる恰好だなあと意図が分からないながら見守っていると、跪いたまま今度は恭しく手を取られた。
「ドリィ? どうかしたの?」
「今のきみに会って、改めて思い知ったよ」
何を、と尋ねるよりも早く手の甲に柔い感触が伝わって、思わずびくりと身体が跳ねる。
一瞬で終わる行為かと思ったのにそんなこともなく、たっぷり時間をかけてからようやく唇を離してくれたドリィは、随分と悪そうな――大人の、男の人の色気を孕んだ笑顔を浮かべていた。
「。おれはずっと、……ずっと、きみを忘れられずに今まで生きてきた」
「え、あ、」
「男としてきみを愛しているし、叶うのなら一生添い遂げたいとも願っている」
「ドリィ、あの、ちょ、ちょっと待って、」
「照れているきみも可愛らしいが。次はいつ会えるか分からない以上、ここで伝えておかなければ絶対後悔すると思った。だから今言っておく。おれは、本気だ。本気で、きみが……が欲しい」
「~~っ、」
二度と会えないかもしれないと思っていた男の子、もとい今では男の人になったドリィに言われた言葉の全てを受け止めきれず、どんどん顔が火照ってゆく。
(この世界には私よりも。それこそ、この船に乗っているウタも含めて、魅力的な女の子たちがたくさんいるはずなのに……)
――どうしよう。ドリィの言葉に舞い上がって、うっかり浮かれてしまいそうな私がいる。
これまで受けたことのなかった真剣な告白と、今なお向けられているドリィからの熱い視線のせいで心がいっぱいになり、何も言えずに立ち竦む。
そんな私に何か伝えたいことでもあったのか、背後に立っていたウタに強く抱きしめられたのはあっという間のことだった。
◇◇
たまたま立ち寄ったとある島の片隅で、ぽつんと一人佇んでいた彼女に声をかけたのは。
もしかすると、幼心ゆえの一目惚れだったのかもしれない。
『ねえ! お姉ちゃん、こんなところでどうしたの? 迷子?』
『……そうだね。私の故郷は、ここからずっと遠いところにあって。正直、帰れるかも分からないんだ』
途方に暮れながらも静かに海を見つめていた彼女を放っておけず、シャンクスたちに頼み込んで船に乗ってもらったお姉ちゃんは、今や私にとって大事な家族の一員だ。
優しくて穏やかで、朗らかに微笑んでいることが多いお姉ちゃんはいつも自分に戦闘能力がないことを気にしていたけれど。その分、雑用にも手を抜かず真面目に取り組んできた彼女自身の人柄により、シャンクスたちにもかなり信頼されている。
幼少期からこの船で育ってきた私とは異なり、本人曰く13歳ぐらいの時に乗船した彼女は、船の皆にも年の離れた妹分のように可愛がられていた。元より、荒事との縁が遠そうなお姉ちゃんはこれからもこの赤髪海賊団で私たちと過ごしていくのだろう。そう疑いもなく思っていた時に、とある海賊が私たちの前に現れる。
X・ドレーク。元海軍で、「最悪の世代」に名を連ねている億超えの海賊。
赤髪海賊団に対する敵意はなく、当初は私が配信で歌っていたとある歌について聞きたいということでコンタクトを取ってきたはずのドレークは――あろうことか、お姉ちゃんを見つけるなり私たちの目の前で彼女に跪き。しかもその手を取ってキスする、という余りにも大胆すぎる行動を取ってきたのだ。
(酔ったシャンクスにいくら絡まれても、今まで全く照れていなかったお姉ちゃんが……あの海賊には、あんなに真っ赤になるなんて)
初対面で彼女を見初めただけのナンパだったなら、問答無用でお帰りいただきたかったところだけど。どうもドレークとは以前から知り合いらしいお姉ちゃんの様子をみるに、そういうわけにはいかなさそうなのが妹としてだいぶ腹立たしい。
しかもこんな大事な時に限って、うちの船の皆はおろおろしてばっかりだし!
「お、おれたちの妹が、ルーキーに口説かれてる……!」
「お頭! アンタ、さっきから無言だがあの野郎に何か言わなくていいのか……って、大変だ、こっちはこっちで石化してるぞ!」
「なんだって!? 誰か、急いで副船長たちも呼んでこい!」
途端に騒がしくなった皆はさておき、未だに真っ赤な顔で立ち尽くしていたお姉ちゃんを後ろから思いきり抱きしめる。そしてそのままの体勢でお腹に両腕を回すついでに、未だ彼女の元から立ち去りそうにないドレークへの牽制も兼ねて首筋に顔を埋めてみた。いつも通りあったかくて柔らかい、私の大好きな人がここにいることに心から安心する。
「ふふっ。お姉ちゃん、今日もいい匂いするね!」
「そうなの? んー、特に香水とかつけた覚え、ないんだけどなあ……」
私と密着したことで擽ったそうに声を上げた純粋なお姉ちゃんとは裏腹に、この瞬間もそんな彼女をじっとり見つめていたドレークの瞳は爛々と輝いている。
二人の間にどんな因縁があるのかまでは分からないけれど、少なくともドレークがお姉ちゃんへ並々ならぬ感情を抱いているらしいのは充分私にも伝わってきた。
「ところで。お姉ちゃんはこの人のこと、好き?」
「えっ、」
「!」
「もし、ちょっとでも困るって思うのなら、早めに教えてあげた方がお互いのためにもいいんじゃない? ほら、勘違いの末に拗れちゃったらもっと大変そうだしさ」
さっきのやりとりで照れていたとはいえ、本当にお姉ちゃんが困っているのならば。
私は彼女の味方として、全力を以てこの海賊を追い払うつもりでいた。なぜかショックを受けて石化から戻らないシャンクスが戦力……になるかどうかは微妙だったが、いざとなれば今こちらに向かってきているベックたちも快く力を貸してくれるだろう。
じいっ、と下から覗き込んでお姉ちゃんを観察する。
私と、ドレークの顔を何度か交互に見た後で一度溜め息をついた彼女は、それでもちゃんと私の質問に答えてくれた。
「恋愛感情、があるのかについてはっきりとは言えない、けれど……人としては、好きだよ。ドリィのこと」
「っ、」
「久し振りに、元気な姿を見ることができてよかったなあ、ってほっとしたし。私を忘れていなかったこともすごく嬉しかった。でも、私は今のドリィについて知らないから……この先、教えられる範囲でドリィ自身のことも教えてもらえたら。もっと嬉しくなると思う」
そう言い放ったお姉ちゃんが、柔らかく微笑んだ瞬間を直視したためだろうか。
ドレークの顔も手だけで隠しきれないほど赤く染まり、辺りになんとも言えない空気が漂う。
(あーあ、……この様子じゃ、お姉ちゃんが落ちるまで何度でも会いに来るんだろうなあ、この人)
はっきり言えない、と伝えつつ既に可愛い反応を見せているお姉ちゃんがドレークを意識しはじめていることはもはや明白だ。誰よりも彼女の近くにいたからこそ、相変わらず顔は赤いくせにまた瞳をぎらつかせていたドレークの様子にも逸早く気付き、思わず歯軋りしたくなったのをぎりぎりのところで堪える。
今はせっかく、私がお姉ちゃんとくっつけているのだ。それなのに彼女を怯えさせて、みすみすドレークの元に攫われてしまうのだけはなんとしてでも阻止したかった。
「お姉ちゃんは、だいぶあなたに好意的みたいだけど。今日、初めてこの船に足を踏み入れた人を信じて大丈夫なのか、会ったばかりの私には分からないから」
「……ウタ?」
「本気で欲しいなら、覚悟してね。生憎、妹の私はお姉ちゃんほど、優しくないの」
ぎゅっ、とより強くお姉ちゃんを抱き寄せると、それまで彼女への視線に込められていた熱が嘘だったかのように冷えた眼差しが私を見下ろす。
ここで大人しく諦められる可能性は低いだろうと予想はしていたものの、私に向かって一瞬不敵に笑ってみせたドレークは、やっぱり今後厄介な存在になりそうな気がしてならなかった。
■(夢主)
20歳の頃にドリィと出逢った現代育ちの一般人。
OP世界へトリップした際、中学時代の頃まで若返っており、当時幼かったウタに乞われる形で赤髪海賊団の船に乗せられた。
赤髪海賊団の人たちからは可愛い妹分として気にかけられている。
船上で再会して早々、跪いたドレークから手の甲へキスされた上に情熱的な告白もされたのでめっちゃ照れた人。
ウタの推測通り、ドレークに陥落する未来は(一部妨害にドレークが手こずらなければ)わりと近い。
■X・ドレーク
父親が海賊になる前、10歳にも満たなかった頃に現代へと迷い込み、その間の家で暮らしていた。
現代にいた頃、が自分に歌ってくれた歌を配信でウタも歌っていることを知り、赤髪海賊団へコンタクトを取った結果を発見→感極まった結果求婚もしちゃったけど、そこに関しては全く後悔していない人。
ウタの問いかけに内心はらはらしつつ、返ってきたの言葉が好意的だったのと、昔と変わらない笑顔を向けられたことでまた恋に落ちた。
この後も足繁く赤髪海賊団の船に通っては積極的にを口説きにいくので、実質通い婚ルートになる。
■ウタ
赤髪海賊団の音楽家として歌の配信をしていたら、大好きな姉を口説く海賊が現れたので若干警戒している妹。
照れているお姉ちゃんは可愛いし幸せになってほしい。
ただしそれはそれとして、無理矢理攫っていくつもりなら全力でドレークを阻止する所存。
■(作中では出番がなかった)シャンクス
ウタが連れてきたを船に乗せ続けてよいのか一時期悩む時期もあったが、なんだかんだウタの良きお姉ちゃんとして真面目に雑用をこなす彼女を信頼するようになった人。
過去の宴で酔いにかこつけて絡みにいっても全く相手にされないどころか、自分には照れもしなかったがドレークに恥じらっている姿を見て大いに衝撃を受けた。
恋ではないものの同じ船で一緒に過ごしてきた可愛い妹分を簡単に渡したくないあまり、の知らないところでドレークと何度か決闘する未来もあるかもしれない。
■そのほかの赤髪海賊団の人々
妹分に春が来たと知り、めでたいので宴しようぜ!とテンションぶち上がる人たちと、俺たちの妹分を口説く野郎をそう簡単に認めてたまるか!と敵意が増す人たちに分かれる。