7月14日
昼休み、珍しく手ぶらで学校の屋上へと向かう。
いつもならカップ麺を持ってくるか、もしくは誰かと学食へ向かう場合もたまにあるのだけれど、今日は敢えて何も持たずにここまで足を運ぶべき理由があった。
「一紀くん。授業お疲れさま」
「うん。先輩も、お疲れさま」
ちょうど日陰になっているところで座って待っていた彼女の隣に、僕も同じく腰掛ける。放課後は僕がバイトのため、代わりにお昼ご飯を一緒に食べないか、と彼女から誘われたのはつい昨日のことだった。
今までは自分の誕生日を特別気にしたこともなかったのに、今日は朝起きて鏡の前に佇む時間が随分と長くなっていたらしく。見かねた家族から遅刻しないように気をつけて、と声をかけられてしまったことが少しだけ気恥ずかしい。
「本当は、ピアノも弾いてお祝いしたかったんだけど……今週は吹奏楽部が音楽室を利用する週と被っちゃったから、それはまた次の機会にさせてね。改めて、お誕生日おめでとう。まずは今日のお昼ご飯です」
笑顔で差し出された包みを受け取り、中を開けると出てきたのは二段タイプのお弁当箱。上におかずと、下に数個のおにぎりが並んで詰められているそれは、今日のお祝いのためにわざわざ彼女が用意してくれた手作りのお弁当だった。
「ありがとう。君のことだから心配いらないとは思っていたけれど、正直、ナスが入っていなかったことにほっとしてる」
「ふふ。せっかくの誕生日当日なのに、そんな意地悪しないよ? ちゃんと一紀くんの好きなものがメインになっているし、味見もしてきたからそこは安心してほしいな」
「……うん。どれも美味しそうで楽しみ。いただきます」
「どうぞ。私もいただきます」
言葉通り、僕の好物である唐揚げの他に玉子焼きや肉じゃが等も添えられたおかずを一口ずつ食べる。おにぎりも、普通のおにぎりだけではなく焼きおにぎりや小松菜が混ぜ込まれたものがあって、全体的に彩りもよく美味しいお弁当を味わう毎にどんどん顔が緩んでいくのが分かった。
「一紀くん。お味の方はいかがですか?」
穏やかに笑っている彼女に感想を聞かれる。付き合いはじめてからも、僕が近付くだけでよく照れているこの人は、今自分から距離を縮めていることについておそらく気付いていないのだろう。
それを指摘して困らせてみたい気持ちも一瞬だけ浮かんだが、せっかくお弁当をつくってきてくれた先輩に意地悪するのはナンセンス、と考え直したので、素直に感想だけを伝えることにする。
「……エクセレント。とっても美味しかったよ」
「気に入ってくれてよかった。それから、こっちは誕生日プレゼントです」
「ありがとう。今、見てもいい?」
「うん、もちろん」
続いて水色のリボンでラッピングされた袋を受け取り、本人の許可も得られたのでそちらの中身も確認してみる。
入っていたのはネイビーのボディバッグで、落ち着いたデザインかつ普段使う分としても全く問題がなさそうだ。
「防水仕様だし、サーフィンに行く時とかにもちょうどいいかなと思って選んだんだけど、どうかな?」
「いいね。早速次のデートでも使わせてもらうよ。プレゼントもありがとう」
「っ、そ、そっか。喜んでくれたなら、よかった……」
「……前から思っていたんだけどさ。君って、ほんと僕以上の照れ屋さんだよね? デートって単語が出てくる度、未だにどきどきしてるでしょ」
「……、私、そんなに分かりやすいかな?」
頬に両手を添えて、こっちを窺うあどけない彼女を前に、ここが学校でさえなかったらキスの一つでもしてやりたい気持ちが湧き上がる。
……流石に今は人の目もあるから、頑張って我慢するけれど。
「めちゃくちゃ顔に出てる。ま、そこも含めて君の可愛いところなんだけど。今年の夏も、二人でまた一緒に出かけようね」
――先輩、今日はお祝いしてくれてありがとう。大好き。
僕からそう言われて、また一段と顔が赤くなってしまった可愛い人を今日も隣で見守る。
今年の誕生日を迎えることができて良かった。心から、そう思った。
今回は三年生になった転生主と、二年生になった一紀(本編からちょっと未来の二人)のお話として書いてみました。
ぎりぎりの投稿かつ字数も短めではありますが、今日が一紀にとってたくさんの幸せに満ちた素敵な一日でありますように。
お誕生日おめでとう!
(2022年7月14日 23:00)